恐怖を描く

サトルです!展覧会1週間前になりました!今回は展覧会に出品される當山さんの日本画をご紹介します。

當山 岩絵具

靄のかかったような表現が、口裂け女恐ろしさを一層際立たせています。赤く染まった服やハサミについたオレンジ色の錆は一体何なのか、嫌な想像を膨らませる作品です。

制作途中の画像を見てみると、完成した状態よりもショッキングな色ではっきりと描かれており、より直接的に口裂け女の恐ろしさを表していました。しかし何度も色を重ねて彩度を落とし、ぼかしを入れて不明瞭な雰囲気にした完成図は、鑑賞者に想像の余地を与え、じっくり見ていると絵の中の世界に迷い込んでしまう様な感覚に陥ります。

全体的に、人体のリアルな形をとても上手く描いていますね。特に指の表現はただ正確に手を描くのでは無く、口裂け女に合わせて骨張った様に描いています。斜めから見た顔とハサミの形も違和感がありません。空想上の生き物や世界を描く時、形に違和感があると嘘っぽく見えてきてしまい、世界に入り込めなくなってしまいます。當山さんは下図の段階で完璧に形を描いていましたので、塗りに入ってからはとにかく世界観を作る事に集中出来ていました。

何が恐怖を生み出すのか、どうすればそれを表現できるのか。一枚の絵の中で研究し続けた事がひしひしと伝わる力作です。是非皆さんも展覧会でじっくりご鑑賞ください。

春眠猫

石山 岩絵具/和紙・パネル

大志です!今回は水曜大人クラスから、石山さんの日本画をご紹介します。

まず目を惹かれるのは、桜の下で安らかな眠りに身を委ねている一匹の猫。ふっくらとした毛並みや柔らかな体の重みが丁寧に描き出され、こちらまで眠気を誘われそうになります。閉じられた瞳と穏やかな口元からは、安心しきった幸福感が伝わってきますね。

その上には画面いっぱいに広がる桜の花々。白や淡い桃色が青みを帯びた背景に浮かび上がり、まるで月明かりに照らされているような幻想的な輝きを放っています。光の加減で金にも見えるパールを使っています。岩絵具ならではのざらりとした質感が、光のきらめきを感じさせ、眺めているだけで心が澄んでいくようです。

さらに印象的なのは、猫の存在と桜の花の対比です。塀と一体化するように眠る猫と、軽やかに舞うかのように咲き誇る花々。その「重」と「軽」、「静」と「動」の対照が、作品全体に豊かなリズムを生み出しています。

この作品は、ただの春の情景を描いたものではなく、「安らぎ」と「生命の輝き」が響き合う瞬間を映し出しているように感じます。眺めていると、桜の下で猫と一緒にひとときの夢を見ているような、優しい気持ちに包まれました。

構図が生み出す空間

黒木 岩絵具/和紙・パネル

マユカです。今回は黒木さんの日本画をご紹介したいと思います。
下がった枝に薄桃の花。枝垂れ桜を描かれました。手前の桜は大きくはっきりと、奥に見える小さな花の群れは手前を邪魔しないように、遠近感を強調して描写されているため、桜の木の大きさを感じるようなダイナミックな構図になっていますね。

桜の作品を作るぞ、描くぞとなると、当たり前ですが花にフォーカスした作品になります。木の幹や枝自体は季節関係なく見ることができますし、桜の花が咲いていなければ桜の木だともわからない場合が往々にしてありますからね。ですが、今回黒木さんの作品ではその脇役でしかない木が、桜の壮大さを伝えるための舞台装置となっているため、準主役のような役割を果たしています。黒い幹が背景にあるからこそ、手前の花を目立たせて描き込むことができますし、奥の緑の風景も同時に進めることが可能になります。立派な幹がこの風景に臨場感を生んでいるのです。枝垂れ桜特有のカーテンの中のようなあの空間を平面上にうまく落とし込み、まるで木漏れ日の中にいるかのような錯覚すら覚える画面に仕上がりました。枝の色も手前と奥で色を変えて描かれているところから、題材を丁寧に観察されていることが伝わってきますね。

色使いや描き方もそうですが、構図の選び方も絵を構成する大事な要素です。空間という3次元を、2次元に落とし込むために奥行きを感じさせる写真を撮る、もしくはトリミングを加える、ここからすでに絵作りが始まっているのです。画面をより良く見せるコツを、黒木さんはしっかり考えられていると感じました。

構成力で効率良い制作

立野 岩絵具/和紙・パネル

サトルです。今回は立野さんの日本画をご紹介します。初めての日本画かつ難しいモチーフでしたが、持ち前の観察力と構成力で難なく仕上げていらっしゃいました。

満天の星空のような煌びやかさを感じる桜の絨毯。地面を暗い色にする事で花びら一枚一枚を見やすくし、中央にある木の根よりも目立たせ主役に見せています。

桜の薄いピンクは普通に描くとほぼ白に見えますし、彩度を上げてしまうと梅の花のような強めのピンクになって桜らしさを損ないます。しかし立野さんの作品を見ていると、桜は薄い色で塗っているのに鮮やかに感じますね。何故でしょうか?その秘密は地面に塗られた緑系の色にあります。緑は赤の反対色ですので、薄いピンクの中にある赤色と反響して彩度を高く見せているのです。
彩度の低い色の中で相性の良い色を見抜くのは至難の業。色彩感覚の高さに驚かされます。

散りばめられた花びらの描き方も素晴らしいです。手前から奥にかけて段々と小さく描く事で奥行きを表現し、根の周りの少し坂道になっている部分も陰影を使わずに花びらの形だけで立体感を表現しています。
風で舞って飛んだのか、雨で流されたのか、花びらの落ちていない地面も所々に描き、単純な画面構成にならないよう粗密を効かせました。

画面上の背景になる部分はあえて物を描かず、絵全体がごちゃごちゃとした印象にならい様に納めました。荒い絵の具で質感を足し、地面に比べて鮮やかな色を塗る事でバランスを取っています。
桜の木のオレンジ色も良いアクセント。絶妙な鮮やかさが他よりも目立ちつつも花びらを引き立てています。

見れば見るほど構成に無駄がない作品。立野さんはほんの数日で描き上げましたが、最初から全て計算して描いたからこその早さだったのでしょう。こんなにたくさんの花びらを描くのにはとても時間がかかると思いましたが、地塗りが終わってからは止まる事なく描き切り、余計な筆跡のない洗礼された一枚に仕上がりました。配色や構成が上手くいけば少ない時間で良い作品になるのだと立野さんは証明してくれました。現在1メートル近くの大作油絵を製作中。大きくなると流石に時間がかかると思いますが、しっかりと計画を立てて制作されているので、そう遠くないうちに完成が見られると、楽しみにしています。

うつろいゆくもの

玉置 岩絵具/和紙・パネル

大竹です。今回ご紹介させて頂くのは、玉置さんの日本画です。6月に展覧会のご紹介をしたのを覚えていらっしゃる方も多いでしょう。(ブログはこちら

本作は、煙とも雲ともつかない不定形の存在を画面にとどめています。輪郭をもたず、掴むことはできないのに、確かにそこにあると感じさせるもの。それは人がふと立ち止まり、思考を凝らすときに現れる、曖昧で移ろいやすい気配のようにも思えます。
その気配の発生源は、画面下部に描かれた萎れた草木の一片のように見えます。茎から切り落とされ、やがて土へ還るであろう小さな命。そのはかなさから立ちのぼるように広がる気体は、煙にも、魂にも、あるいは自然界の循環を可視化したものにも見えてきます。観る者の心の中で形を変え、印象を変えていく可変的な存在は、まるで空に浮かぶ雲を眺めながら、それぞれが異なる形を見出す体験に似ています。

画面全体を覆うのは、岩絵の具特有のざらついた質感と、土色を基調とした落ち着きのある色合いです。ところどころにわずかに差し込まれる青や赤の彩度が、濁流の中の小さなきらめきのように作用し、沈静と生成を同時に感じさせます。その風合いはどこか仏教画を連想させ、輪廻や無常といった思想とも響き合うように思われます。

玉置さんがこれまで取り組んでこられた抽象的な表現は、この作品においても健在です。描かれているのは具象的な何かではなく、現れては消える現象そのものであり、鑑賞者に解釈の余地を大きく委ねています。その余白に鑑賞者の体験が結びつき、イメージを超えた精神的な響きを与えているのではないでしょうか。

幻想的な光の中で

星川 岩絵具/和紙・パネル

ひとみです。昨日の坂本さんの小鳥に続き、星川さんの日本画を紹介していきます。

画面中央に佇むゴシキノシコ、最初に見た際に彩度の高い生き生きとした色がすっと入り、華やかで見ていて心躍るような画面だと感じました。まるでこちらを見ているような真っ直ぐでつぶらな瞳に思わず目を惹き付けられます。

日本画で羽毛を表現するのは難しいですが、一本一本まで細やかな気配りを成されることで、遠くから見ても柔らかでリアリティのある描き方ができたのでしょう。光が当たっている部分に色彩の意識が見られます。また、後ろの羽の重なっている部分に落とした影から、徐々に光に変わるグラデーション、そのリズムを崩さずに描き切ることで遠目から見た際にも羽の細かな重なりを感じられ、丁寧な仕事から星川さんのこの鳥に対する愛着を感じられました。

特筆すべきは背景の岩絵具のパール粉の美しさ。パールのきらめきが加わることで鳥にも劣らぬ華やかな緑が一層の輝きを放っています。そこには幻想的な光が漂い、春の麗らかな陽気を思わせる、やわらかな空気感に包まれた森が広がっています。繊細な観察眼と大胆な色彩表現が見事に調和した、星川さんならではの一作となりました。

ひと枝の上の存在感

坂本 岩絵具/和紙・パネル

待ちに待った秋の到来に大喜びしています、ナツメです。今日は月曜大人クラスより坂本さんの日本画をご紹介します!
枝にちょこんと乗っている姿がなんとも可愛い、こちらはエナガという小鳥で、近年人気を集めているシマエナガの原種にあたるそうです。真っ白な羽毛のシマエナガと比べると目の上に眉毛のような黒い線があり、どこかきりっとした凛々しさが愛らしいですね!空に浮かぶように静かに佇む姿が画面にやさしい雰囲気を広げています。

体の部分は白を基調に淡い茶色を重ね、やわらかな線で表されているため、ふんわりと膨らんだ毛並みが伝わってきます。一方で、翼やくちばしには黒をしっかりと効かせており、羽ばたきに耐える硬さや張りが感じられます。部位ごとに異なる質感を描き分けることで、まるい体のフォルムと相まって生命感がぐっと増しています。

背景には紫や青、緑が幾重にも重なり合い、深みのある色合いをつくっています。様々な色を乗せていますが、全体的に似た暗さの色同士を選んでいます。一方で、枝には背景よりも鮮やかな茶色が使われ、暗さの度合いは揃えつつも色相の差で自然に際立つよう工夫されています。
小鳥にしっかりとピントを合わせて、背景をぼかした写真を思わせる描写は、一羽をどう魅力的に見せるかを考え抜いた結果だといえるでしょう。

白銀の龍、黄金の月

阿出川 岩絵具/和紙・パネル

大竹です。今回ご紹介させて頂くのは、阿出川さんの日本画作品です。
夜空に浮かぶ黄金の月へと昇りゆく、白銀の龍の姿が描かれています。龍は古来より、人々の祈りや願いを託されてきた存在であり、また「登竜門」の故事が示すように、困難を乗り越えて大成する象徴として尊ばれてきました。画面に現れたこの龍もまた、ただ天空に舞い上がるだけでなく、試練を超え、なお高みへ挑もうとする気迫を宿しています。その姿は、観る者に勇気や力を与えてくれるようです。

白銀に輝く龍の鱗は、一枚一枚が丁寧に描き込まれ、強靭さと気高さを表しています。それに対して、天空に輝く黄金の月は満ちゆく力と安らぎを兼ね備え、画面全体の象徴的な存在となっています。この「白銀」と「黄金」の対比が、作品にいっそう神秘性と格調高さをもたらし、龍と月が互いを引き立て合いながら一幅の物語を紡いでいるのです。

さらに注目して頂きたいのは、背景に漂う深い緑の絵の具の表現です。日本画ならではの、岩絵具の重なりによって生まれる独特の質感が魅力的ですね。煙のように揺らめくその色彩は、夜の闇の中で形を持たない気配を掴み取ったかのようで、龍の存在を際立たせながら、観る者を幻想的な世界へと引き込みます。

月に挑むかのように天を仰ぐ龍の姿は、ただ題材としての「昇り竜」を超えて、阿出川さんご自身の制作姿勢を語っているように思われます。常に妥協せず、真摯に表現へと挑む姿勢が、そのまま龍の雄々しさに投影されているのでしょう。作者の意志が込められた一枚として強い迫力を放ち、観る者に希望や奮起の思いを呼び起こす、まさに「縁起の良い」作品と言えるでしょう。

日向の二匹

成松 岩絵具/和紙・パネル

こんにちは、マユカです!今回は成松さんの作品をご紹介します。
野原で寄り添う小狐が二匹。穏やかな自然の風を感じるような暖かい日本画です。

一面の緑が美しい画面に、丁寧に描かれた狐の毛並みがコントラストを作り、色の調和が取れています。黄色の影をつける時にただ茶色を何も考えずに乗せてしまうと濁って見えてしまうことが多いのですが、成松さんはオレンジ寄りの明るい茶色を使っているため、自然な陰影と鮮やかさを画面にプラスし、メインカラーとして黄色を目立たせることに成功していますね。岩絵具の持つ、自然的でありながら強さを持った発色を存分に発揮されています。
また、ふかふかとした柔らかな感触を思わせる草原には、水色が奥の方に使われているため、空気遠近法(遠くのものをより薄く描く)により平坦な面に奥行きが生まれ、画面の外にも草原が続いているような雰囲気を生むことができています。立った草や狐の座っているとことの影にかなり暗い緑を使っているところや、小花からも、画面の多くを占める緑を単調に見せない細やかな気遣いと工夫が感じられて、丁寧な印象を与えてくれます。

絵本や、童話の挿絵のように優しく可愛らしい一枚でしたね。余談ですが、小原先生に「成松さんは小学生と中学生の息子さん達のお母さんでいらっしゃる」と伺ったのですが、もしかしたら穏やかに寄り添うこの絵の子狐達はお子様達を投影されているのかもしれませんね。

記憶の水辺

佐々木 岩絵具/和紙・パネル

涼しくなる日を今か今かと待ち望んでいます、ナツメです。本日は日曜大人クラスの佐々木さんの日本画をご紹介します!

大きく川が広がり、その奥に街並みや橋が描かれています。静かで落ち着いた雰囲気をたたえ、まるで物語の挿絵のように空気感を伝える描写力があります。現実から少し離れ、過去の記憶や夢の中の景色に迷い込んだような気持ちになり、不思議な時間の流れを感じさせます。実際の光景をそのまま写し取ったというより、むしろ心に残る記憶を風景として描き出しているように思えます。

画面の半分以上を占める水面は大きな見どころのひとつ。水の反射や段々と深くなっていく水の色がとても綺麗。普段は透明水彩を扱っている方なので、色を重ねて深みを生み出す経験が日本画にも生かされているのが伝わってきます。

川沿いの街並みは細やかに描き込みながらも、全体では似た明度の色を多く用いた滲むようなグラデーションが作られています。水面に写った鏡面反射の黄土色や、手前の川の深い部分に紫も入れて、水まで暖色に感じます。

実際の作品は岩絵具の粒子によってザラザラとした質感があるため、その特性が風景の空気感をいっそう引き立てています。風景を描いた一枚でありながら、その場の空気や時間までも閉じ込めたかのような表現がなされており、記憶や心を静かに揺り動かす作品です。