こどもの危機


小学生クラス 1クラス10人以下で開講していた時期に描いたクレヨン写生

オバラです。今回の状況で色々考え感じたことを、少し書いてみます。
たくさんの考え方があり、身を守る方法も人それぞれ。稀有な経験では、何が良くて何が悪いかも憶測でしかなかったのに、それでも自分が正義と信じて他者を押さえつけたり排除するような言動も目立ちました。今だから言いますがティファール(すぐ沸騰する)と揶揄される私は、カチーンときたり癇に障ることが何度かあり、冷ますのが大変でした。

私自身が他者の言う事を素直に聞けない性格なので、これからここに書く事は聞き流す程度にしてください。(余計なことを言うと不謹慎だなんだと言われ続けたので、ようやく書けます。)
三陸沖地震の時に津波の映像やニュースを見過ぎて、心を病んでしまった小学生の生徒達が沢山いました。
私はその経験から、子どもには危険から身を守る為とは言え、情報をストレートに伝える(もしくは過剰に身構えさせる)ことが、どれだけ恐怖を与えストレスになるかを学びました。
当時アトリエでは、暗闇の中で心の目で見た絵などやってみたり、外で体を動かす授業にしました。計画停電の夜は、大人クラスもルドンの『黒い闇』の作品を解説し、真っ暗な教室の中で制作をしたクラスもあります。皆、その時だけでも現実を忘れ、楽しんでくれていたと思います。
毎日コロナにかかった人の数を正確に知って(子どもに伝えて)、悲しみや恐ろしさに真向から対峙する必要はなかったと思います。

うちのアトリエは小学校受験クラスからそのまま小学生クラスに残る子も多いのですが、慶應に入学した子達から聞いた三陸沖地震の当日の話が記憶に残っています。
電車が止まり帰れなくなった幼稚舎の小学生達が体育館でしたことは、電気が付かないのを利用して、なんと怪談大会だったそうです。「すごーく怖くて楽しくて、途中でお父さんが車で迎えに来ちゃったけど、本当は帰りたくなかったんだー!」と言う子までいました。
余震のある中、暗闇で「大丈夫!安心して!」と言っても、大した効果はありません。
地震の時もコロナの時も、私も子どもをリラックスさせる為にかなりふざけた指導をしていますが、怪談はできなかった。この逆転の発想には完敗です。やはりエリートを育てる学校は、根本の考え方から違うのだと打ちのめされました。
しかし、それを良しとするか、とんでもない!と受け取るかは、人それぞれの感覚の違いですね。

危ない物を徹底的に排除し転ばないようにし、「外は危険が一杯!」と身構えさせることも、とても大切です。
しかし『過剰に』『過敏に』なって、心まで委縮することがないよう、子ども達が未来は明るいと信じてポジティブに歩んで行くことを、心より祈っています。